とんだ思い違い

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私はとんだ思い違いをしていた。

それは何か。

私は、距離の近い友人や知人こそ、価値あるものだと思い込んでいたのである。

赤の他人との距離を100とするなら、それが50になり、10になり、0になることが理想なのだと思い込んでいた。

しかし、最近どうもそうではないと、実感を持って理解した。

皆さんにも、そういう経験があるはずだ。

なんとなく、出会ったころの距離感の方が快適だったなという感覚。

知り合い、飲食をともにし、好き嫌いを共有した友人・知人との距離は縮まったはずなのに、不快指数が急上昇。

「こいつ、お箸も取ってくれないのかよ」みたいなささいな苛立ち。

これは、快適な距離感を超えて近づきすぎたせいである。

50が最適な距離感だったのに、30まで近づいているといった具合だ。

しかも、最適な距離感は相手によって違う。

30でも不快にならない相手もいれば、80でも不快に感じてしまう相手もいる。

これがまさに相性というやつであるが、親友とて距離感を詰めすぎるのもよくないのである。

これをきっと昔の人は「親しき仲にも礼儀あり」と言ったのではないか。

思えば、礼儀とは距離である。

どんなに親しい相手とも、一定の距離を保たなければ破綻するということだ。

大して親しくない相手なら、なおさらだ。

80まで近づいてしまった距離を、90まで補正するといった作業が必要だ。

なぜ急にこんなことをつづっているか。ワケがある。

このところ、ちょこちょこ顔を出していたコミュニティがどうにも居心地が悪くなってきたのだ。

顔を出す頻度を10日に1回程度まで減らし、絶妙な距離感に修正していかねばならないと考えている。

一見、人を遠ざける冷たい考えに思えるかもしれないが、これぞ長い付き合いを維持するための極意であると信じている私である。

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この記事を書いた人

トイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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