最近、引っ越した。
4階のベランダからは小川が見える。
水は透き通り、川底では水草が揺れている。
せせらぎを聞きながら、私はベランダに洗濯物を干す。
タオルやシャツを手に取り、パンパンと音を立てて伸ばし、竿にかけていく。
竿に隙間なくピッシリと並んだ洗濯物が風に揺れるのを見ると、実に気分がいい。
「はー」と息を吐いて、景色を見渡す。
思えば、すっかり秋の陽気だ。
眼下には街が広がる。
ベランダの柵に体重をかけて、これらの住宅一つ一つに暮らしがあることに思いをはせる。
思えば、長いこと「暮らすこと」を軽視してきた。
コンビニで菓子パンを食べたり、ハンガーにかけた服を室内干ししたり、万年床に倒れこむように眠りについたり。
仕事や趣味を優先しようとするあまり、暮らしに追われるように生きてきた気がする。
しかし、思えば暮らすこと以上に尊いものはない。

あまりにも秋風が気持ちいいので、部屋中の窓を開けて換気した。
お母さんの遺影を見ながら、「せめて、好きだった秋まで生きていてほしかった」などと思う。
小さなグラスにアイスティーを注いで、遺影の前に置いた。
窓からの風が私の髪を揺らしながら、部屋を抜けていく。
「はあ、気持ちいいなあ」
思わず深呼吸。
クサい。
犬がうんこをしていた。
これも暮らしだ。

こうして、暮らしていく。
安いオンボロ賃貸マンションで、清く貧しく丁寧に。
何に一喜一憂することもなく、老いていく。
羨まれることもないが、何を羨むこともない。平凡な暮らし。
鏡の前に立ってみる。
いつの間にか「若い」といわれる年齢を過ぎた私。
秋を迎えて色づき、そしてやがては枯れていく街の木々の葉に自分を重ね、ベランダでまた小さくため息をついた。
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