自宅のノートパソコンで作業中、何気なくテーブルの上の手鏡を手に取った。
一瞬、心臓が止まりそうになった。
右のもみあげに、きらりと光る1本の毛がある。
おそるおそる顔を左に向け、右のもみあげを鏡に近づける。
見間違いではない。
まぎれもなく白髪だった。
◇
私は狼狽した。
34歳8カ月。ついにこの日が来てしまった。
30歳をすぎても黒々としていた髪の毛に、ついに白いものが混じり始めたということだ。
うすうす感じていた体の老化。確たる証拠を突き付けられたような気分だ。
私の母は50歳をすぎても白髪がない特異な体質だったから、私も母に似て白髪は生えないのだと勝手に思っていた。
結局のところ、「35くらいで白髪が生え始めた」という父に似たということだ。
◇
とはいえ、このところ「白髪が生えそうだな」という予感のようなものはあったのだ。
冬場の乾燥のせいもあるだろうが、鏡で見る自分の髪にハリ・ツヤのようなものがなくなってきていた。
つい最近も鏡を見ながら、「白髪が混じっていてもおかしくない髪質だな」などと自嘲気味に思った記憶がある。
しかし、本当に白髪を見つけると、それは受け入れがたい現実だ。
「これは私じゃない」と、まるで冤罪を訴える被疑者のように、私は目の前の現実にあらがうのだった。
◇
たかが1本の白髪なのに、私は「若者」からの完全な卒業を迫られた思いとなり、迫りくる「死」の足音の幻聴にさえ怯えてしまうようになった。
つまるところ、骨や内臓の劣化が、この1本の白髪に現れているのではないのか。疑心暗鬼、ここに極まれり。
白髪を見つけてからの数時間、私は走馬灯のように若かりしころの自分を思い出していた。
二度と帰れぬ思い出の日々に浸りながら、かつての自分の若さを羨みながら、あの1本の白髪を思う。
◇
人は平等に年を取る、という。
何が平等なもんか。
34歳という年月の流れに見合う人生を送り、白髪さえ勲章になる生き方をしてきた人間はいいのだろう。
私のように過去に忘れ物をしてきたような人生を送っているものにとって白髪の発見は、過去への執着に反して「中年」の枠に追いやられるセレモニーのようである。
若者と中年を隔てる扉が閉まり、「ううう」とうめく私。
救いようのない醜い中年でありながら、時の儚さを包含した美しさをも垣間見る、不思議な光景である。

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