小・中学校の同級生でコースケという男がいた。
彼とは特別仲が良かったわけでもなかったけど、小1から中2まで、8年間も同じクラスだった。
彼はとても勉強が苦手だった。
小学4年にもなって、彼は自分の下の名前をひらがなで書いて提出していた。しかもどう見ても「ごうすか」と書かれていた。こうすけ、と書こうとして、ごうすか。
彼は自分の名前を書くことさえ、おぼつかなかった。
小6のある日。算数の授業で、先生が計算を嚙み砕いて教えてあげようとして「まずはここの掛け算をするんだよ。5×3は何だい」と聞いたら、コースケは答えに窮していた。
彼は6年生になっても、掛け算さえできなかった。
九九が苦手だとしても、5+5+5をすれば簡単にはじき出せるのに、そんなことさえ彼は分からなかった。
いや、足し算もできなかったのかもしれない。
中学卒業後、彼は高校で留年をしたとのうわさを聞いた。
正直驚かなかった。
むしろ行ける高校があったことに驚いた。
「名前を書けば入れる高校」の存在はたまに聞くが、彼は名前を書けたのか。
そんなことを思った。
その後、僕が彼を見たのは、成人式の時だった。
みんなスーツを着ていた。
でも彼は「黒い服」を着ていた。
しまむらで買ったような服だった。
精一杯スーツに寄せようとしたのだろうけど、正直言って遠目に見ても変な服だった。
例えようもないほど、浮いていた。上下の服さえ、チグハグだった。
スーツを買うお金がないのか、スーツの買い方を知らないのか。
どちらも当てはまるような気がした。
いずれにせよ、彼はスーツを「買えなかった」。
そんな彼を見るみんなの目は、一様に冷ややかだった。
思えば、彼に向けられる目は、いつも冷ややかだった。子どもの時から。
その後、彼がどこで何をしているのかは知らない。
生きているのかさえ、知らない。
でも時々思い出すと、少し切なくなる。
彼が過ごした日々のいたたまれなさが、今なら少し想像できるから。
過去に戻ったとて、何かしてあげられるわけでもないのだけれど。
彼が今もどこかで生きているのなら、幸せであってほしい。
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