あと1秒

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祖母は、とある町の病院にいる。

10年ほど前に認知症となり、長らくグループホームに入居していたが、今年の6月に今の病院に移った。

常に酸素を吸引する必要が生じ、グループホームに居続けることは難しくなったらしい。

その祖母に会うため、病院を訪ねた。

2階の病室。ベッドに横たわる祖母は、衰弱していた。

声をかけると目はあけるのだが、私を誰なのか認識している様子はない。

「お水ください」

祖母は、私のことを職員だと思っているのか、そんな声を出した。

勝手に水を与えると、誤嚥する可能性もあるので、水のことは後で看護師に伝えることにした。

私はポケットから2枚の写真を取り出した。

春に撮った河津桜とネモフィラ。

花が好きな祖母に見せようと、途中コンビニでプリントしてきた。

河津桜の写真を見ると、祖母は「あ~!きれいだあ~!」と声をあげた。

うれしそうだった。

でも2枚目のネモフィラを見せるころには、もう半分夢の中へと落ちていて、スーッと目を閉じてしまう。

半年前の4月、まだグループホームにいたころの祖母に会った。

その時は、職員に支えられながらも自分の足で歩いていた。すぐに私を認識して笑顔を見せ、お花の話をしたり、昔のことを語り合ったりした。

でもたった半年で驚くほどに弱っていた。

もう歩けないから、ほぼ寝たきりで、おむつをしている。

目を閉じた祖母を見ながら、このまま息を引き取るのではないかと思った。

それほどまでに弱々しく、顔もやせ細り、生命力が薄れていた。

おそらく、年を越すことはないだろうと思った。

だって、今にも目の前で息を引き取りそうだったから。

決して、死を願っているわけじゃない。

だけど、弱ったまま生き続ける姿を見るのもつらい。

でも「1秒後に呼吸が止まったら」と想像すると、まだ名残惜しい。

「あと1秒だけ」を繰り返していたいような、そんな気持ち。

面会は週に1度まで、しかも人数は2人までと決まっている。

次の水曜日にもう一度会ってくる。

水曜日まで生きていてくれるだろうか。不安だ。

いずれにせよ、次の水曜日が生きて会えるラストチャンスではないかと思っている。

私を愛した人たちが消えていく。一人、また一人と。

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この記事を書いた人

トイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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