2016年2月、会社（ブラック企業）を辞める私のために、同業他社の友人2人が居酒屋で送別会をやってくれた。ありがたい話である。
食事のメニューも豊富で、生ビールも繊細な泡だったので、「なかなかいい居酒屋だな」と思っていた。
しかし、カキフライをほお張った瞬間にシャリっと音がした。中までしっかり火が通っていない……。
嫌な予感がしたが、気持ちよく酔っていたこともあり、そのままビールで流し込んだ。一度口に入れたものを出すのも抵抗があった。
帰宅後、24時間たっても特に異常はなかったので、「ああよかった」と思って安心しきっていた。
ブラック企業を退職した後は一度実家に身を寄せることになっていたので、家具などの荷物はすでに引っ越し業者に預けていた。がらんとしたマンションの部屋に一人。15階のベランダから見える海を眺めた。
小腹が空き、床に座ってポテチを食べている時だった。急にみぞおちに強烈な不快感が押し寄せ、みるみるうちに強烈な吐き気にかわってきた。
カキフライを飲み込んでから30時間後のことであった。
つい数分前までポテチを食べていたのに、こうも急に症状が出るものなのか。苦しみながらも、ウイルスの底知れぬパワーを痛感し、妙に感心した覚えがある。
まだ時刻は深夜。病院に行こうにも朝はまだまだ遠かった。
家具の一つもない部屋で、私は一人うずくまり、じっと朝を待ち続けた。時折トイレに駆け込み、便器を前にくるくる回転しながら、嘔吐と下痢を繰り返していたことは言うまでもない。
朝を待って向かったのは、前回ブログで書いた39度の熱が出たときにお世話になった街の内科だ。
「うん、まあ間違いなくノロウイルスでしょう」とのこと。
しかし検査はしないらしい。
「結果がわかるころには治っているのがノロウイルスなんですよ」と。
なるほど。健康を取り戻してから「やっぱりノロウイルスでしたね」というのもマヌケな話だ。
症状は24時間くらい経つと、だいぶマシになるようだ。
病院で1時間ほど点滴を受けた後、私は一度自宅に戻った。しかし、何度も言うが、実家にすべての荷物を送ってしまったので、その時自宅にはすでに生活に必要なものは何もないのだ。
もはや時効と思い白状するのだが、近所のビジネスホテルに宿泊することとした。
ノロウイルスという診断を受けておきながらホテルに宿泊することに批判はあるだろう。しかしもう8年以上前のことなので許してほしい。
そこから24時間苦しみ続けた。大げさでなく、人生で最も苦しんだ。子どもや年寄りなら死んでしまうだろう。
脱水にならないよう、館内でポカリスエットを買い込み、それを飲み続けた。
ホテルで朝を迎えたころには、症状がかなりおさまっていた。
そして私は驚くべきことに、ホテルを出た日の夜、その居酒屋にもう一度行った。
「あそこのもつ煮が美味かったな」と思ったのだ。
ノロウイルスの原因であろう居酒屋にもう一度行くなど、今考えると腹立たしい気持ちなのだが、なぜか私は行ったのだ。
今考えると、自分の行動がまったく理解できない。
そして、私の弱りきった胃袋は、もつ煮に入っていたゴボウを消化できずにまた吐いた。
その翌日、今度こそ胃を労わろうと思い、ファミレスのスープバーで、コンソメスープを飲んだ。
本当においしかった。
体が喜ぶのが分かった。あの味は今も忘れられない。
体調が回復し、私はその地を去るため、特急列車に乗った、
ブラック企業で散々な目に遭った挙句、送別会ではカキにまであたる始末。まったくろくでもない時間だった。
遠ざかっていく街並みを、私は一度も振り返ることはなかった。
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