部活を憎んでいた話

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中学時代、部活は全員参加だったので、僕は野球部に入っていました。

まあ、半ば強制されていたものですから、勝つぞー!なんて気も全然なく、練習中はいつも校舎の時計を見つめながら「早く帰りたいなー」と思っていました。大学時代にやったコンビニバイトの時も思ったけど、つまんないことをやらされているとき、本当に時計の針は進まない。野球に恨みはないけど、まあ本当にしょうもないものに時間を取られたものだと今でも思います。

というのも、小中学校の部活って、結構意欲がある人とない人がいて、どちらも不幸だなと思いません?「県大会に出るぞー!」みたいなテンション、僕はついていけなかった。逆にいえば、本気で勝ち上がりたい人からみれば、僕みたいなのはいない方がいいわけです。共存させることに無理があります。

僕に言わせればさ、本来、学校の部活動って「楽しく体を動かしましょう!」くらいの温度感でやるもんなんじゃないの。勝利至上主義で、体を壊してまでやるのって本末転倒じゃない?なんで勝ちを目指す勢力が部活動においてはマジョリティーとして権勢を誇っているんでしょうか。理解できません。

しかも、僕32歳なんですけど、そういえば20年前は水を自由に飲める雰囲気でもなかった。あれなんなんですか。刑務所以下の待遇ですよ本当に。罪人かよって。

教育現場たる学校で、なんでこういう意味の分からない部活というものが幅をきかせているんですかね。まったくもって腹立たしい。

そんなこんなで部活を憎んでいたくらいですので、ぶっちゃけ今だから言いますけど、3年生の最後の大会も地区大会1回戦で負けて早く引退したいって思ってました。結果的には、3回戦でレフトの大エラーで敗退しましたが、もうそのエラーに内心ガッツポーズしてしまったくらいで。

とはいえ、夏の甲子園とか見ると感動はします。青春のすべてを野球にささげた少年たちの涙には、こちらももらい泣き。号泣ですよ。そういう真剣な人たちのことを否定したいわけじゃないんです。

僕は言いたいのはさ、部活を強制してほしくないっていうのは言うまでもないんだけど、ゆっる~い「第2野球部」みたいなのがあってもよくない?っていうこと。そういう緩さを否定してきた気がしませんか。部活動って。

ゆるくても、テキトーでも、体を動かすことには意味があるしさ、競技の裾野を広げるって意味でも大事だと思うんですよ。

実際、大学のサークルとかでは、そういうのがいっぱいあるじゃないですか。テニサーとか、フットサル同好会とかさ。実際、僕も大学時代は体育館で緩くバドミントンして、2時間くらいで解散したりしてました。ああいうテンションの場所が小中学生に向けて用意されていないのって、ちょっとかわいそうだなと思っちゃうの。

勉強なんかは、レベルごとにクラスを分けたりとかもするじゃないですか。小学校高学年の時、算数の授業とかは得意な人と苦手な人でクラスを割って、2教室で授業が行われたりしてました。部活も同じじゃない???うまい人と下手な人を混ぜて、下手な人を怒るのって、普通にやばい仕組みなんじゃないの。算数できない人に「バカ」っていったら問題になるでしょ。

部活動って、美化されがちだなって思うんですよ。うまい人たちの栄光もいいけどさ、もっと凡人が凡人として楽しめる場所もほしくない?だめ?贅沢かしら。

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この記事を書いた人

八王子でトイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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