一人暮らしで犬を飼っています。
誤解のないよう最初に書いておきますが、飼ったことを後悔したことは一度もありません。めちゃくちゃ可愛いです。
人生で最も素晴らしい出会いの一つといっていいでしょう。とっても大切な存在です。
寝るときも一緒です。
しかし、それでも一人暮らしで犬を飼うのはおすすめしません。
犬を飼い始めて4年がたち、これまで自分なりに犬と向き合ってきました。しかしどうしても二つの「苦悩」を解消することができなかったのです。
一つは、犬に「ほかの家族の存在を与えてあげられなかった」ということ。
例として、クレヨンしんちゃんの野原一家を思い浮かべてみましょう。
あの家にもし室内犬がいたら、しんちゃんやひまわりと遊び、みさえにおやつをもらい、ひろしが帰宅すれば玄関まで駆けていくでしょう。
4人がテーブルを囲んで楽しそうに笑っていれば、犬も尻尾を振りながらキョロキョロし、会話に参加しているはずです。
しんちゃんが学校の宿題をやっている横で寝転んだり、ひまわりがお絵描きをしているのを覗き込んだりするような未来もあるでしょう。
夜になったらしんちゃんの布団で眠り、夜の間にみさえの布団に移動しているかもしれません。明け方、ひろしがトイレに起きれば、そこについていくでしょう。
このように、家の中により多くの人間がいれば、犬にとっても刺激のある日々に違いありません。人が多いというだけで、発生する小さなイベントが増えるのです。
一人暮らしでは、そういう体験を与えてあげられない。言い換えれば、私の孤独な暮らしに付き合わせているだけなのです。
「犬→私」「私→犬」といったように、関係性の直線が1本にしかならない。そういう寂しさを、私は犬に強いてしまっているのです。
犬も気づまりではないかと思います。これは私にとって、間違いなく大きな引け目なのです。
もう一つの苦悩は「私が死んだら犬はどうなる」ということです。
私はまだ30代で持病もありませんが、そうは言っても人間はいつ死ぬか分かりません。極端に言えば、この文字を入力しながら死ぬ可能性すらあるわけです。
私の死が誰にも気づかれないまま数日、あるいは数週間が過ぎてしまえば、犬はどうなるでしょうか。夏の暑い日なら数日で水が尽き、死んでしまう可能性が高いと思います。
つまり、一人暮らしで犬を飼うということは、自分が死なないであろうという根拠のない楽観視に基づいているのです。
そう思うと、自分がとても無責任なことをしているような気がしてきます。
あるいは死なないまでも、私が病気で数週間入院をすることにでもなれば、必然的に犬は誰かに預かってもらう必要があります。強制的に不慣れな環境に連れていかれる犬を思うと切なくなります。
だから私はたまにクラッと立ちくらみがするだけで、自分の「死」を真剣に考えこんでしまいます。これが単なる立ちくらみで済まなくなる日が明日来るかもしれないのです。
解決の難しいこれらの苦悩と向き合うとき、やっぱり一人暮らしで犬は飼わないほうがいいと思ってしまいます。
私は犬を心から愛しているけど、犬に大家族の温もりを与えてやることもできず、私が先に死ぬリスクまで背負わせていると感じてしまうのです。
でも、しつこいようだけど、これは後悔とは違います。後悔なんて微塵も感じさせない大切な存在であるがゆえに、自分の至らなさが申し訳なくなる。そんな気持ちです。
犬が愛おしいからこそ、もう犬は飼わない。この子が最初で最後の犬。そんなふうに私は思うのです。
おわり

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