バイトの思い出

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学生時代、コンビニで3カ月だけアルバイトをした。

この世にこんなつらい仕事があるのかと思ったし、今でも思う。

私にとっては最も適性のない仕事だったのだろう。

レジに立って客を待つ。たった3時間の勤務なのに、正面奥にある壁掛け時計の針が進まない。

私は頭の中でさまざまな物語をつむいで時間をつぶした。

伊能忠敬という男は、50代半ばを過ぎてから測量を始め、全国を徒歩で巡ったらしい。足腰が痛かっただろう、食事や宿はどうしていたのだろう、その費用はどのように捻出したのだろう。

伊能忠敬にたっぷりと思いをはせて時計を見たというのに、針はたった1分しか進んでいなかった。

私はコンビニのレジに立って、神妙な顔でいつも違うことを考えて過ごしていた。

余談だが、私は体質的なものなのか、長時間立っているとなぜかキンタマが痛くなってくる。悶絶しそうなキンタマの痛みを抱えながら、私は「伊能忠敬の足腰の痛みも、さぞや辛かっただろう」となおも伊能忠敬に思いを馳せていた。

タバコを注文する客がいた。

ぼそぼそとした声で「キャスター」だの「ラーク」だのと言う。番号で言えよ。こっちはタバコなんか吸わねえから、商品名言われても知らねえよ。テキトーなタバコを手に取って「こちらですか」と聞いたら「ちげーよ」と言われた。

100回くらい間違えてやれば面白かったかもしれないが、4回目くらいで正解してしまった。

次の客はハッシュドポテトを持ってきた。2枚重ねて持ってきていたことに気づかず、1枚分の値段しかレジに打たなかったせいで、私はアワワワワワと大いにテンパってしまったではないか。

私は順を追って作業をしないと気が済まない性格なので、途中で突発的なエラーが発生すると、すぐにアワワワワワとなってしまう。

そういうわけで、私は今も「ハッシュドポテトを2枚重ねてレジに持って行ってはいかんよ!」と、若者たちに啓発して回る活動をしているのである。

そういえばヘルメットをかぶったまま店に入ってきた人がいたら、ヘルメットを取ってもらうようにお願いするという決まりもあった。強盗かもしれないからだ。

ヘルメットをかぶったままコンビニに入ってくるヤツなんかいるんだろうかと思っていたら、フルフェイスで入店してきた男がいた。実に驚いた。まるでグレートサイヤマンみたいな男である。

「ヘルメットを取っていただけますか」と声をかけると、グレートサイヤマンは「あー、じゃあ帰りまーす」と不貞腐れて店から出ていった。こちらが「出ていかないでください」と呼び止めるわけもないのに、グレートサイヤマンは想定外だったのか、どこか寂しそうな背中であった。

こんなにも苦痛なコンビニバイトだったというのに、時給は確か820円くらいだった。当時の東京都の最低賃金である。

しかも、この先このバイトを続ければ、宅配便の受付やチケット発券のやり方まで覚えないといけなくなるではないか。

最低賃金でありながら、あまりにも業務が多岐にわたっていると絶望の気づきを得た私は3カ月でコンビニを辞めたのだった。

店長からは「オレは身内が死んだときもコンビニで働いたよ」と説教を受けたが、私の場合は特に誰も死んでいなかったのでその説教はかなり無意味であった。

しかしこのコンビニは駅に向かう道にあったので、辞めた後も自転車で店の前を通るたび、なんとなく気まずい思いをした。フルフェイスのヘルメットが欲しいくらいだった。

おわり

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この記事を書いた人

トイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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