アナフィラキシーで死にかけた話

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3年前、アナフィラキシーで死にかけました。今回はその話を書きます。

僕は当時29歳。アラサーのわりにニキビができやすくて、皮膚科でもらった塗り薬と抗生物質を使っていました。

「この抗生物質を飲むと、体調悪くなる気がする」。使い始めてから、そういう感覚はあったのです。真夜中に嘔吐したり、体に蕁麻疹ができたり。でも、飲むと魔法のように顔のニキビが消えるものだから、飲み続けてしまったんですよね。

ある日の真夜中、「またニキビが出てきたなあ」と思って、その抗生物質を飲みました。飲む前に嫌な予感はしたのです。

飲んだ瞬間、激しい胃痛と冷や汗。そして体中が燃えるように腫れあがりました。これまでとは比較にならない重篤な症状です。全身に激しいかゆみが生じ、喉まで腫れてきました。こういう時って体の内側も腫れるのです。尿道とかも。

手元にあった、蕁麻疹の薬などを飲んではみたものの、あまり効果がない。というか確実に悪化している気がする。

「このままじゃマジで死ぬ」と、息も絶え絶えの状態で119番。スマホを持つ手が焦りで震えました。人生初の救急車です。ありがたいもので通報からわずか10分程度で自宅に来てくれて、病院へと運ばれました。

病院に着いて自分の顔を見たら真っ赤でした。医者は一言「アナフィラキシーだね」。なぜか「なるほど、アナフィラキシーの一種ですか」と聞き返した僕に、医者は「一種じゃなくて、アナフィラキシー!正真正銘のアナフィラキシー!」と言いました。なぜか鮮明に覚えています。そのやりとり。

しばらくして渡された手鏡で自分の顔を見ると、スーッと赤みが引いていきました。現代の医学はすばらしい。昔なら死んでいたかもしれません。

原因はやはり抗生物質。いわゆる「薬疹」というやつです。薬が原因で発疹が出てしまうやつ。

「一応、1泊しましょう」とのことで入院。同室のおっさんが、鼻水が詰まったような不快な音をたてていて、ほぼ一睡もできませんでした。

朝がきて、なんとか退院できたのですが、ここで想定外のことがもう一つ。

病院に来るときは救急車だったけど、帰りは自力で帰らないといけないのです。それなのに、僕は眼鏡を家に忘れたのです。

バスの行先も見えないし、そもそもバス停がどこにあるのかもいまいち見えない。極度の近眼です。

だから、みんなも救急搬送されるときは眼鏡を忘れないように気をつけてね。

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この記事を書いた人

八王子でトイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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