母の日

当ページのリンクに広告が含まれている場合があります。

母の日のバンテリンドーム。中日の先発は、1年目の櫻井頼之介投手だった。

私はテレビで観戦していた。

球場には櫻井投手のお母さまも足を運ばれたようで、たびたびテレビカメラに抜かれていた。

手を合わせるようにして、不安そうな顔で息子の投球を見つめていた。

相手バッターを打ち取った時でさえ、拍手を送りながらも、なお息子を見つめる表情は変わらなかった。

私はそこに「お母さんの愛」を感じて、ジンときてしまった。

息子がプロ野球選手になり、1軍のマウンドで投げている。

他人は「誇らしいでしょう」と言うにちがいない。もちろん親から見ても、誇りの息子ではあるだろう。

しかし、今にも相手打線に痛打されるのではないかと不安でたまらない。

息子が積み上げてきた努力が否定されることなく、ちゃんと通用しますように―。

本当に祈るような思いで、試合の推移を見守っていたのだろうと思う。

お母さんというのは、息子のことが心配でたまらない、そういう生き物なのだ。

私は今年35歳になる男だ。

お母さんは私が帰ってくると、テーブルを埋め尽くす勢いで料理を並べた。

肉から魚から野菜からデザートまで、本当に豪勢な食卓だった。

唐揚げをほおばり、ご飯をかっこみ、豚汁を流し込む私の姿を見て、お母さんはよく「ああ、ほっとする」と言っていた。

息子の腹がいっぱいになっていくのを見ると、安心するのだという。

30を過ぎた男が飯を食うのを喜んでくれるのは、お母さんだけだろう。

櫻井投手とはちょっとスケールが違うけど、私も心配されて育ち、育った後も心配されて生きてきたのだ。

そう考えると、「心配」って最大級の愛情だなと思う。

でも、私のお母さんは昨年の夏に、ある日突然死んでしまった。

だから、今年の母の日、あちこちで目に飛び込むピンク色がつらかった。

「ちゃんと食べてるの?」

そんな言葉をもう一度聞いてみたい。

時に煩わしく感じるくらいのお母さんの心配を、もう一度この身に浴びてみたい。

お母さんがいなくなって10カ月弱。

かさぶたのようになっていた心の傷がはがれてしまった。

ぽろぽろとこぼれる涙。ぬぐってもぬぐっても止まらない。

でも、「ああ、泣いてたら、また心配させちゃうなあ」と思えることも、幸せだった証なのかもしれない。

おしまい

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

トイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

コメント

コメントする


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。

目次