母の日のバンテリンドーム。中日の先発は、1年目の櫻井頼之介投手だった。
私はテレビで観戦していた。
球場には櫻井投手のお母さまも足を運ばれたようで、たびたびテレビカメラに抜かれていた。
手を合わせるようにして、不安そうな顔で息子の投球を見つめていた。
相手バッターを打ち取った時でさえ、拍手を送りながらも、なお息子を見つめる表情は変わらなかった。
私はそこに「お母さんの愛」を感じて、ジンときてしまった。
◇
息子がプロ野球選手になり、1軍のマウンドで投げている。
他人は「誇らしいでしょう」と言うにちがいない。もちろん親から見ても、誇りの息子ではあるだろう。
しかし、今にも相手打線に痛打されるのではないかと不安でたまらない。
息子が積み上げてきた努力が否定されることなく、ちゃんと通用しますように―。
本当に祈るような思いで、試合の推移を見守っていたのだろうと思う。
お母さんというのは、息子のことが心配でたまらない、そういう生き物なのだ。
◇
私は今年35歳になる男だ。
お母さんは私が帰ってくると、テーブルを埋め尽くす勢いで料理を並べた。
肉から魚から野菜からデザートまで、本当に豪勢な食卓だった。
唐揚げをほおばり、ご飯をかっこみ、豚汁を流し込む私の姿を見て、お母さんはよく「ああ、ほっとする」と言っていた。
息子の腹がいっぱいになっていくのを見ると、安心するのだという。
30を過ぎた男が飯を食うのを喜んでくれるのは、お母さんだけだろう。
櫻井投手とはちょっとスケールが違うけど、私も心配されて育ち、育った後も心配されて生きてきたのだ。
そう考えると、「心配」って最大級の愛情だなと思う。
◇
でも、私のお母さんは昨年の夏に、ある日突然死んでしまった。
だから、今年の母の日、あちこちで目に飛び込むピンク色がつらかった。
「ちゃんと食べてるの?」
そんな言葉をもう一度聞いてみたい。
時に煩わしく感じるくらいのお母さんの心配を、もう一度この身に浴びてみたい。
お母さんがいなくなって10カ月弱。
かさぶたのようになっていた心の傷がはがれてしまった。
ぽろぽろとこぼれる涙。ぬぐってもぬぐっても止まらない。
でも、「ああ、泣いてたら、また心配させちゃうなあ」と思えることも、幸せだった証なのかもしれない。
おしまい

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