鴨長明の「方丈記」を読んだ。鎌倉時代の随筆である。
子どものころ、教科書か何かで読んだ記憶があるが、大人になって読むとまた違った感慨がある。
およそ800年の時をへても、長明の文章が人の心を打つのは、なぜだろう。
読み手は、彼の「負け惜しみ」に共感を覚えているのではなかろうか。
負け惜しみというと長明に怒られてしまうかもしれないが、彼の人生は失意に満ちたものだったように思う。
◇
長明は神職の家に生まれた。若くして有能だった父を亡くし、その地位を継ぐことはできなかった。50歳のころには、父ゆかりの河合社の禰宜に推挙されたが、一族の反対で実現しなかった。
もう少しで手に入ったはずの「勝ち組」としての人生が、指先から落ちていった思いだったのではなかろうか。
つまり「方丈記」とは、神職における出世の道を絶たれ、深い失望を抱えた者の視点で描かれた世界といえるだろう。
彼は、この世に生きる人間と住まいを、流れる水に浮かんでは消える泡に例えた。
人が生まれては死に、かつての大家が没落していく。都の風景の儚さである。
そして、火事で多くの死者が出たことに触れ「危険な京の都に家を建てようとして財を費やすことは、とりわけつまらないことだ」と記している。
◇
これは例えるなら、東京都心の一等地を眺めながら、「こんな危険なところに住みたくない」と強がるのに似ている。
自分には手が届かなかった世界が、価値あるものであってほしくない。
しかし、否定を前提とした「負け惜しみ」が出発点であるとはいえ、核心を突いていないわけでもない。
苦労して都心の住宅を得たところで、それは数十年後には他人の手に渡る儚いものだ。大火事や大地震が起きれば、都市が丸ごと壊滅するかもしれない。
負け組の男が、世を恨みながらたどり着いた答えも、また一つの真実である。
この世は仮の宿。無常の儚い世に生きながら、何かを得るために苦悩する人たちの愚かさを思う。
◇
長明は晩年、京の郊外にある山に小さな庵をつくって暮らした。この庵が一丈四方だったことが「方丈記」の由来である。
身の置き場を都市部で見つけられず、地方の山あいに移る者は現代においても少なくない。800年の時を経ても、人の心はそれほど大きくは変わらないようだ。
庵で暮らした長明は、うたた寝の心地よさを楽しみとし、四季の風景を愛でた。庵での生活は「のどかで何の恐れもない」とつづった。
しかし、静かな夜には、月の光に故人を偲び、猿の声に袖を涙で濡らしたという。
これは花鳥風月を愛する男か。それとも手に入らなかった人生と自らの不運を思い、あふれ出た心の嗚咽だろうか。
◇
満たされない人が書く文章は面白い。
いや、不幸でなければ、文章を書こうなどと思わないのかもしれない。
自らの境遇をうらみ、他人の幸せを妬み、社会の価値に歯向かい、常に不貞腐れて生きている。そういう人間の表現は繊細だ。
そして、そういった文章は時をこえて、私のような満たされない現代人を慰めている。
鎌倉時代、都に立派な屋根を並べたであろう富める人たちは、歴史の彼方に消えた。
残ったのは、失意に生きた男の短い随筆である。
おわり


コメント