一時の感情に任せて極端な決定をする人は幸せになれない、とつくづく思う。
恋人との些細な口論で「もう別れる」と言って席を立つ人も、上司に噛みついて辞表をたたきつける人も、まだ立て直しが利く段階で作品を破壊してしまう人も。
後に残るのは、癒やすことの叶わない後悔である。
別れた恋人と10年ぶりに再会しても、「あの時」に戻れるはずもない。ただ、空白となった10年の月日の虚しさを思うばかりだ。
あの時、ぐっと堪えていたならば、どんな未来が待っていたのだろう。そう夢想するのは、ちゃぶ台をひっくり返してしまった人間の宿命である。
物語をぶった切った人間は、その結末を見ることはできない。それはまるで細い糸のようなもの。あとからでは直せない。感情的な行動をとる人間は往々にして、過去の分岐点を恋しむ。
だからこそ、理想から程遠い場所で、辛抱強く低空飛行を続ける人の人生は尊い。たとえ浮上を果たせないまま終わったとしても、物語を最後まで演じきった立派な主演である。
私は、小さな屈辱や理不尽に直面した時、いすを蹴り飛ばして出ていきたい気持ちになる。極端な決定をする素質が十分ある。
でも、そんな簡単なことで、物語の糸は切れてしまうことももう十分に分かっている。
だから唇を噛んで、目を閉じる。まぶたの裏側が悔しさで潤む。
「私はまだこの物語の続きを見たいだろうか」
自問自答する。
……。
長い長い熟考である。
答えが出ない。
しかし答えを出さないことも物語を続けるコツなのかもしれない。
おわり


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