しゃがむ

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数年前から「しゃがむ」ことにハマっている。

子ども時代の目線を味わえる気がして、なんだか懐かしい。

子どものころ、こういう塀の向こうに何があるのか分からなかった。

飛んでも跳ねても届かないから、答え合わせもできないまま、たくさんの風景を通り過ぎた。

日常に多くの「未知」を抱えて生きていたということだ。

そして土は近く、空は高かった。

揺れる草木の葉ずれの音は今よりもっと繊細に聞こえたし、空に残る飛行機雲は今よりもっと非現実的に見えた。

世界の大きさを思えば、この目線の高さの違いは誤差みたいなものかもしれない。でも私たちは小さな人間だから、この誤差から得るものの差は大きいのだとも思う。

また、きょうもしゃがんでみる。

お、バッタがいた。でっかいバッタだなあ。

おわり

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この記事を書いた人

トイプードルと暮らしています。日常の思い出をつづります。

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